「普通でいたかった」「この障害さえなければ、もっと違う人生だったのに」「なぜ自分だけ、こんなに苦労しなければならないのか」——こういった気持ちは、障害と向き合ってきた多くの方が、一度は感じることです。その気持ちを否定することなく、向き合ってみましょう。
「普通でいたかった」という気持ちを大切にする
「普通でいたかった」という思いは、責められるべき感情ではありません。社会が「普通」として想定しているモデルと、自分の状態が違うと感じるとき、その落差が痛みになることは自然なことです。その気持ちを「ダメな考え」と押しつぶそうとすると、むしろ感情が出口を失い、より苦しくなることがあります。
「ASDの診断を受けたとき、泣いた。安心した気持ちと、悔しい気持ちと、もう普通には戻れないという絶望感が同時にあった。あの感情は、今も否定していない」
20代・女性(ASD)
「受け入れる」は「諦める」じゃない
自己受容はしばしば「障害を受け入れる=諦める」と混同されますが、そうではありません。「受け入れる」とは、「今の自分の状態を事実として見る」ことです。「好き」になることでも「諦める」ことでもなく、「ここから考え始める」ための最初の足場を作ることです。受け入れた後に、初めて「では何ができるか」という前向きな問いに向かうことができます。
「普通」の定義は社会が変えてきた
「普通」という概念は固定されたものではなく、時代・社会・文化によって変わり続けています。かつて「障害」とされなかったものが今は支援の対象になり、かつて排除されていた働き方が今は普通の一つになっています。「普通」というのは多数派の状態を指す言葉であり、少数派であることは「劣っている」ことではありません。あなたの在り方は、社会の多様性の一部です。
「普通でいたかった」という気持ちを、大切に持ち続けていいです。その気持ちを持ちながら、今の自分でどう生きるかを一緒に考えましょう。
よくある質問
Q. 普通でいたかったという気持ちが消えません
その気持ちは大切にしていいです。自己受容は行ったり来たりしながら進むプロセスです。
Q. 障害を受け入れるとはどういうことですか?
好きになることでも諦めることでもなく、今の状態を事実として見て、ここから考え始めることです。
Q. 自己受容するためにできることはありますか?
一人で抱え込まず、支援者や仲間と話すことが自己受容を進める大きな助けになります。