自己受容 / 障害と「普通」

「普通」という幻想——障害のある自分を受け入れるということ

mimemime 編集チーム2026年6月読了目安:15〜20分
大切なメッセージを伝えるイメージ

この記事の目次

  1. 「普通でいたかった」という気持ちを大切にする
  2. 「受け入れる」は「諦める」じゃない
  3. 「普通」の定義は社会が変えてきた
「普通でいたかった」「この障害さえなければ、もっと違う人生だったのに」「なぜ自分だけ、こんなに苦労しなければならないのか」——こういった気持ちは、障害と向き合ってきた多くの方が、一度は感じることです。その気持ちを否定することなく、向き合ってみましょう。

「普通でいたかった」という気持ちを大切にする

「普通でいたかった」という思いは、責められるべき感情ではありません。社会が「普通」として想定しているモデルと、自分の状態が違うと感じるとき、その落差が痛みになることは自然なことです。その気持ちを「ダメな考え」と押しつぶそうとすると、むしろ感情が出口を失い、より苦しくなることがあります。

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精神的に追い詰められた人のイメージ
精神的に追い詰められた人のイメージ

「ASDの診断を受けたとき、泣いた。安心した気持ちと、悔しい気持ちと、もう普通には戻れないという絶望感が同時にあった。あの感情は、今も否定していない」

20代・女性(ASD)
自己受容のプロセス——段階的に変わっていく否定「この障害がなければよかった」→自然な最初の反応揺れる受け入れたいけど悔しい気持ちも消えない→行ったり来たりする時期理解する自分の特性が少し分かってくる対処法を知る→少し楽になってくる時期受け入れるこれが自分の一部だと感じる強みも見えてくる→完成形ではなく続くプロセス
自己受容は「一瞬で達成するもの」ではなく、行ったり来たりしながら続くプロセス

「受け入れる」は「諦める」じゃない

自己受容はしばしば「障害を受け入れる=諦める」と混同されますが、そうではありません。「受け入れる」とは、「今の自分の状態を事実として見る」ことです。「好き」になることでも「諦める」ことでもなく、「ここから考え始める」ための最初の足場を作ることです。受け入れた後に、初めて「では何ができるか」という前向きな問いに向かうことができます。

「普通」の定義は社会が変えてきた

「普通」という概念は固定されたものではなく、時代・社会・文化によって変わり続けています。かつて「障害」とされなかったものが今は支援の対象になり、かつて排除されていた働き方が今は普通の一つになっています。「普通」というのは多数派の状態を指す言葉であり、少数派であることは「劣っている」ことではありません。あなたの在り方は、社会の多様性の一部です。

「普通でいたかった」という気持ちを、大切に持ち続けていいです。その気持ちを持ちながら、今の自分でどう生きるかを一緒に考えましょう。

よくある質問

Q. 普通でいたかったという気持ちが消えません
その気持ちは大切にしていいです。自己受容は行ったり来たりしながら進むプロセスです。
Q. 障害を受け入れるとはどういうことですか?
好きになることでも諦めることでもなく、今の状態を事実として見て、ここから考え始めることです。
Q. 自己受容するためにできることはありますか?
一人で抱え込まず、支援者や仲間と話すことが自己受容を進める大きな助けになります。

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おのざる
おのざる(mimemime)
元介護福祉士。障がいのある方の「働く」に伴走する就労支援員。「答えを出すより、一緒に考える」が信条。